好きなものやことの原点をハッキリと言える人はどれくらいいるだろうか。自分の場合は、それはミスタードリラーだとハッキリ言える。3歳ほどの幼いころから姉が遊んでいたのもあり、ゲームはよく遊んでいた。そんな中で、4歳か5歳くらいの時に家族で遊びに出掛けた際、立ち寄ったゲームセンターでミスタードリラーを見かけた。その見た目からのわかりやすさとポップなキャラクターやデザインなどに興味を惹かれ、親に言って遊ばせてもらった。その初めてのプレイでとても衝撃を受け、遊びの体験として鮮烈な印象を受けて帰った記憶がかすかにある。当時はたしかミスタードリラー2かGだったと思う。そんな印象を抱えた状態で、家族と遊びに出掛け、ゲームセンターに立ち寄った際、ミスタードリラーが稼働していれば遊んでいたことは覚えている。微かな記憶の中では、千葉県の某テーマパーク内のゲームコーナーでも遊んだ記憶がある。
当時読んでいたファミ通でミスタードリラードリルランドの記事を発見。見た目のかわいらしさや初めてプレイした時の記憶が鮮烈だったため、サンタさんにお願いしてクリスマスプレゼントに貰ったと思う。特にワールドドリルツアーのメインソングでもある「僕の地球→僕らの地球」は子供心にものすごく気に入り、しょっちゅう口ずさんでいたし、ほかの音楽も当時からとても惹かれるものがあった。発売順とは逆転するが、そののちミスタードリラーエースを買ってもらい、下手なりにクリアを目指してメチャクチャにやりこんだ記憶がある。(5歳のころの記憶なのであいまいな部分はあるが)。続編のドリルスピリッツも親に頼んで予約して買って、予約特典のポーチは今でも家で置いてある。それから下手なりにもずっとドリルランドを遊んでいた。おたすけアイテムをガンガン使いながらもクリアを目指してずっと頑張っていた。このときが人生で初めてゲームをやりこんだ体験だったと思う。500mでタイムアタックをしてみたり、ドリンディアドベンチャーの金の像を頑張って全部回収したりと様々な課題を自分に課してプレイする、ということを幼いなりにしていた。そのような上昇志向のやりこみは今になっても変わらず、その対象は成長するたびに代わっていった。小学生からはミスタードリラーのメインテーマ、「すすめ!ドリラー」が入っているという理由ではじめた太鼓の達人に没頭した。中学生、高校生と成長するに伴って、日常的にゲームセンターに行くようになってからも、太鼓の達人や、それに伴ってほかの音楽ゲームも少しずつやりはじめた。高校生になってからも音楽ゲームに没頭し、全国大会決勝大会に出場してしまうほどやりこんだ。大学生になってからも相変わらず音楽ゲームに没頭していた。その中でも定期的に家でミスタードリラードリルランドは遊んでいたが、最も好きだったドリルランドのリメイクや移植を望む思いはドリルランド発売から10年ほどであきらめという形でなくなってしまった。このころに、プレミア価格となっていたサントラを頑張って購入した。
そんな中で就職活動に伴い、自分の人生を振り返る時間があった。その時に、“自分”を形成するアイデンティティの中で、何が一番かを考えたときに、出てきたのは「ゲームをやりこみ、様々な形で遊ぶ姿勢」であった。例えばゲームのイベントを企画したり、様々な大会や交流会に参加したりなど、やりこみつつ遊ぶきっかけというものを大切にし、それをより楽しむことを目的として、中学生から大学生になるまで歩んできたと自分は思った。そして、そんな自分のアイデンティティの原点は、このミスタードリラーだったのだと改めて感じた。
先日友人と家で遊んでいたときに、ふとしたきっかけでミスタードリラーの話になり、当時の記憶や思い出が湯水のようにあふれ出てき、話が2,3時間は止まらなかった。キャラクターの話やドリルの構造の話、ススムの家の構造の話など、当時ミスタードリラーに夢中になっていたころに、公式ガイドブックで読んだ内容はすべて出てきたといっても過言ではない。その時、ふと自分の原点に帰ろうと思い、小学生の時も、中学生の時も、高校生の時もあきらめた、ドリルランドLv.3ノーアイテムクリアを目指してまたやりこみ始めた。そしていよいよクリアし、スペシャルレベルのスタンプからは目をそらしつつも自分のゲームスキルの成長に感慨深くなっていた。そのおおよそ1、2週間後、このミスタードリラーアンコールが発表された。その時の自分の気持ちをどう表現すればいいだろうか。うれしさのあまりで、朝の寝起きに発表を見て、マンションで大声をあげて歓喜し、申し訳ないことにその日の仕事は全然集中できなかった。自分にとってミスタードリラーとは、ゲーマーとして生きている以上、切っても切り離せない、そんなゲームなのです。